おかしな事になった と 沖田は思った。




この町一帯の学校をシめて回っている転校生の女がいる らしい

その噂は美形番長と名高い沖田の耳にもキッチリ入ってきていた。フゥと白い煙を吐き髪を掻き揚げる。そして情けねェなァ と沖田は呟いた。たがだか女一人にシめられるなんざこの町も落ちたものだ と。ジュ、と煙草を地べたに押し付け火を消すと沖田は立ち上がった。そしてもう一方の手の平に握られている紙をぐしゃりと潰す。

――…今日午後14時泪橋の下まで来るよろし

何の色気もないノートの切れ端に乱暴な字で書き殴られたソレは靴箱の中に無造作に放られていた。漸く、沖田の順番が回ってきたらしい。呼び出しに応えるなんて事はただの一度もなかった沖田だったが今回は、違う。

「日本語もろくに使えねえ奴に負けるなんざ、ダラシねェ事この上無し、だな」

面倒臭いが、ナメられちゃたまんねェ。それにほんの少しだけだけど興味をそそられた。女なんて男に媚びるしか脳の無い下劣な生き物だと思っていたけれど。イキの良いのもいるんじゃねェか、 と。

沖田は潰した紙をポケットの中に突っ込むと屋上を後にした。

ただいまの時刻14時、5分







「ンだよお前よォ、普通は時間ピッタリに来るのがスジってもんじゃないアルかァ!?30分も待たせやがって何様のつもりアルよ!あと5分で来なかったら帰ってたところヨ!そしたらオメェのある事ない事言い振らしてやるつもりだったのによォきちまいやがってよォ!あれ?私来て欲しかったのか来て欲しくなかったのかどっちね!?いやオメェが中途半端な時間にくるのが悪ィんだよォオ」

泪橋の下。少しばかり遅れて来た沖田にくっちゃくっちゃとその女は酢昆布を食いながら愚痴をたれた。大勢で来るのだろうと思っていた沖田の予想に反しそこに居たのは先に書いた通り酢昆布食ってる割かし華奢な女ただ一人だけで。あれ?と、沖田はその女の愚痴を聞き流しながら首を傾げる。

「あ、えーと。もしかして 告白かなんかですかィ?」

もしかして、もしかすると、もしかすれば。果たし状だと思ったのは自分の勘違いでラブレターだったのか、と沖田は思った。いやあんなボロイ紙切れに愛の告白を綴る女子がいれば見てみたいものだ、と沖田自身思いながら。けれどもそれ程に、この目の前の女は"格闘"と言う言葉が似合わない容姿をしていたのだ。

「はァ?」

しかし案の定そんな訳ではなかったようで。眉を顰め下から覗き込むようにしてガンをつけられた。ペッと唾を吐きながら何言ってんだァオメェはよォと悪態を吐く彼女をまじまじと見つめる。ぐるぐる巻きのダセェ眼鏡をしているが中にある瞳はデカく愛らしい。鼻と口も整ってい、カナリ可愛い部類に入るではないか、と沖田は冷静に考えた。

まぁ 人は見かけによらぬと言いやすが、ねェ…

それにしてもこの容姿でこうも可愛くない態度をとられると世の中の不条理を感じさせられる。

「ここらの強い奴は皆倒してやったアルよ。あとはお前だけネ」
「あーー…うん、そうですかィ…」

やる気満々ならしく独特の構えをする女に沖田は気の無い返事を返した。そしてどうしようかなぁ、と頭を掻く。元々女と闘る気なんて、なかったのだ。フェミニストを気取る訳ではないが元々男と女じゃ身体の作りが違う。小学生なら兎も角中学生だ。腕力の差、体力の差は超えられないものがあるだろう。大勢で来られたらドサクサに紛れて少し脅しを入れてやるだけで良いやと思っていたのに一対一ではドサクサに紛れるも何も無い。

「…あー…」

回れ右しちまうか、と思いくるりと後ろを向いたその瞬間。横を物凄い速さの蹴りが襲った。いや、横にきたのは沖田が避けたからである。避けなければ頭にキまっていただろう。一発でノックダウンしてしまいそうな程の、強力なキック。

「……」

くる、と後ろを向くとニィ、と笑っている女の、顔。

少し、沖田の闘争心に火がついた。


「やるじゃねェか、…!!」

ピュウと口笛を吹きながら褒める沖田に構わず女はまた蹴りを入れてきた。またも不意を付くそれをギリギリで避ける。お次は右ストレート。流れるような連続技に咄嗟には避けれずパシッと腕で受け止める。上手く受け止めたつもりだったがビリリと痺れた感じがし沖田は少し顔を顰めた。重い、パンチだ。本当にこの細い手足から繰り出されているものなのかと疑ってしまうほどの。

「おい、おまえ、って、ちょ、おいって!」

話しかける沖田の声も聞かず女は次から次へと攻撃を繰り出した。それを全て避けながら沖田はおい、なァ、聞けよ、と懲りず話しかける。その余裕な態度がカンに触ったのかより殺気の篭ったストレートパンチが顔面に向かってきた。沖田はチッと舌打ちしながら避けついでに、とその細い手首を掴んだ。

「っ!」

かなり際どいストレートパンチだった。それを避けられあまつさえ腕を掴まれたからか、女は驚いたように目を見開いた。そしてぐい、と手を引き掴まれた腕を離そうと抵抗した。けれども思いのほか沖田が強く掴んでいた為その腕は自由にはならず。キッと強気に睨みつけながら女は言った。

「離せヨ!!」
「俺はお前と闘る気なんざねェんだよ」

少し低く脅すように言ってやると女はピクンと身体をはねさせた。

うーん、良い反応

「大人しく帰るんだったら離してやってもいいですぜィ」

ニヤ、と意地の悪い笑みを見せる沖田に頭に血が上ったのかカァッと顔が赤く染まる。そして掴まれている手と反対の手で懲りずに沖田の顔目掛けて拳を振り上げた。それにハァと沖田は溜息を吐くとそちらの腕も掴んで止めた。

「おまえっ…」
「ほら、これからどうにでも出来るんですぜィ、俺には」

そう言うとパシッと軽く足払いをして女を押し倒す。こんな事は、予測していなかったのか大きな目がより一層大きく開かれた。ジタバタと暴れるがこうなったら力がモノを言う。腕力では沖田の方が何倍も上だ。

「なに、するアルよ!!あっ酢昆布が…!!」

酢昆布ぅ〜?

緊張感のない女の台詞に女が指差す方を見てみると哀れ地面に落ち砂にまみれた酢昆布があった。先ほど沖田に蹴りをかましていた時も離さず器用に持っていたそれが今沖田が押し倒したのと同時に落ちてしまった、らしい。

「最後の酢昆布だったのに…!もう今月は買ってもらえないアルよ…!」

アア、と余程酢昆布が好きなのだろう、悲痛な声をあげる女を沖田は呆れたように見た。今月と言ってもあと三日ばかりしかないがそれでも酢昆布も買ってくれねぇとはどんな親なんだ、と思う。ほいほい買い与えない教育方針なのか単に金がねぇのかいやしかし酢昆布くらい…と沖田が考えている内に女はジワリと瞳に涙を溜めていた。それに次は沖田が引きつった声を上げる。

「うわっおい!何酢昆布如きで泣いてるんでィ!?」
「ごときだァ〜〜?」

その言い草に女は沖田をキッと睨み上げると低い声で唸るように言った。

「貴様人の酢昆布ダメにしておいてなんて言い草アルか!」

その勢いに負かされ女が自分の腕かスルリと抜け出すのも止める事が出来なかった。あ、と思ったのと同時にタタタと女は酢昆布のところまで走っていった。

「別にいいネ!万屋神楽の腕の見せ所アルよ!砂にまみれてても酢昆布は酢昆布アル!!」

そう言って砂まみれの酢昆布を拾い口の中に入れようとする万屋神楽とか言う女を慌てて止める。

「離すアルよ!!」

強く睨み付け物凄い剣幕で怒鳴る神楽に沖田はつい 言ってしまったのだ。

「す、酢昆布くらい俺が買ってやりやすから!!」







それから、冒頭に戻る。

本当に何でこんなおかしな事になったのか、と沖田は頭を捻り考える。
まさか決闘を申し込まれた相手に酢昆布を買ってやる事になるなんて。
隣には買ってやった酢昆布を美味しそうにクチャクチャと食う万屋神楽の姿。食ってるのが酢昆布だと言うのに可愛く見えるのが不思議だ。

「ったく、酢昆布で泣く女なんざ初めてですぜィ…」

溜息を吐く沖田に神楽はキョトンとした顔で言った。

「あーお前イイ女に会ってないネ。本当にイイ女は酢昆布を愛すアルよ。まだまだガキネ」

そう言って笑う神楽に返す言葉も浮かばない。ハァとまた溜息を吐き沖田は腕を組んだ。横目で酢昆布を美味しそうに食う神楽を見つめる。居心地が 悪い。元々多弁ではない沖田に多弁なのか無口なのかは知らないが酢昆布を食うのに夢中で一言も喋らない神楽。沈黙のまま過ごすのは どうにも居心地が悪い。

このまま、帰ってしまえば良いんだがなぁ、と沖田は心の中で呟く。それじゃあな、と言い別れたら良いのだが、その一言が言い出せない。

ほんの少し、この女を気に入ってしまったのを沖田は自覚する。人を気に入る事など生まれてこの方ない沖田にとってはほんの少しでも何でも凄い事だ。自分の興味を引く人間など居ないと思っていたがやはり世界は広い。どうやら違ったらしい。

「(初恋が酢昆布大好きな女…)」

プッと沖田は噴出しそうになりそれを堪える。

そんなのもありかなぁと思い空を見上げた。こいつが酢昆布食い終わったら学校と住んでいるところを聞こうと心に決めて。そしたら今度学校に迎えに行くのも良いかもしれない。酢昆布を両手いっぱい持って。


「(……アレ?俺コレカッコいいのかィ…?)」

いやカッコわりィよなァ、と沖田は今度こそ噴出した。


END


美形番長って(爆笑)どんな話やねん

イイ女のいは酢昆布の匂い 041112