昼過ぎ。突き刺すようだった寒さが少し和らぎ始めた。ずっと室内に篭って書類を片付けていた土方はそれを肌で感じ外に出る気になり見回りにでも行ってくるか、と上着をとる。そして廊下を歩いていると今日初めて、沖田を見かけた。ぺたぺたと歩いている彼は心無しかいつもより元気が無さそうで。証拠にいつもは自分を見つけると余り可愛いとは言えない皮肉な笑いを浮かべながら自分に嫌味の一つや二つを言って絡んでくるのに、土方の横を通った時も何も言わずスッと通り過ぎてしまった。

「おい総悟っ…」

どうしたんだ、と慌てて呼びかけると沖田は不思議そうな顔をして、首を傾げた。おかしな事を言ったか、と思っていたら沖田の方がおかしな事を、言った。

「見えるんですかィ?」
「………は…?」
「だから、俺が 見えるんですかィ?」

沖田の突拍子もない一言に訝しげに眉を顰める土方。冗談を言っているのかと思ったが沖田は至って真面目な顔をしている。土方は取り合えずあぁと戸惑いがちに返事を返した。沖田はへぇ、と小さく、呟いてから言った。

「なんか、俺。消えちゃったみたいなんでさァ」
「……」

少し寂しそうにも聞こえる彼の声からはそれが嘘だなんて事微塵も思えなくて。ありえない話なのに少し信じそうになってしまい土方は首を振った。そして軽く沖田の後ろ頭をパンッと叩くと何言ってんだ、と低く言う。けれども沖田は次は土方と眼を合わせながら至極真剣に、言った。

「本当、なんです」

余りに真剣なその瞳に嘘だとは思えず、けれども俄には信じられる話ではなくて。土方が言葉を出すのを澱んでいると、ドタドタと大勢の足音が遠くから聞こえてきた。なんだと思ったら隊士達の足音だったらしい。丁度昼飯時で食堂へ向かうところなのだろう。大勢の隊員達が目の前を通り過ぎって行った。土方を見つけると一人一人副長こんちわッス、と声をかけてきた。そしてまたドタドタと食堂へと向かう隊員を一人捕まえ土方が、言った。

「総悟には挨拶しねぇのか…?」
「沖田隊長…?」

下の者が上の者を見つけたらすぐさま挨拶をする、と言うのは基本的な礼儀だ。けれども沖田には挨拶していかない隊員達に少し咎めるように、言った。先ほど沖田が言っていた事が事実なのかもしれない、と言う少しの不安を隠して。

その隊員はきょろきょろと首を振って探して、それから土方を変なものでも見るかのように見た。そしてボソボソと小さな声で 言った。

「沖田隊長…いない、ですよ…?」
「……」

眉間に皺を寄せる土方に一度お辞儀をするとそいつは去っていった。それから他の何人にも捕まえて聞いたが返ってきた返事は同じだ。

沖田は いない。

このままでは自分が変人扱いされるだけだと思った土方は聞くのをやめた。そして今まで自分が向けられていた変なものを見るような目で、沖田を見る。

「そんな変な顔しないでくだせぇよ。俺だって、何がなんだか…」

眉を寄せ不安そうな顔をする沖田にその目をやめると土方は顔に手をやりハァと溜息を吐いた。おかしな事になった。本当に。どうしたんだろう、いやどうすればいいのだろう…腕を組んで考え込む土方に沖田はポツリと言った。

「でも、」
「一つだけ、心あたりがあるかも…」

と、沖田は続けようとして口を噤んだ。

「土方さん、土方さんの部屋、行きやしょうよ」

パッと顔を上げ沖田がそう言った。早く話しを進めたいし面倒臭かった土方はここでいいだろ、と返すが沖田はむくれたように唇を尖らしそれから言った。

「ここで話してたら誰かに見られた時、土方さん独り言言ってるアタマオカシイ奴に思われますぜィ」

それはイヤだと思ったのとホラ行きやしょうよ、と可愛らしく少しだけ笑みを浮かべながら手を差し出してくる沖田に、しょうがねぇなと思いながら土方は部屋へと向かった。





部屋に入るなり沖田はぎゅ、と土方にしがみついてきた。

「おい、総悟っ、…」
「土方さんいつも、嫌がっていたでしょ」

慌てて離そうとするとより強くしがみ付きながら沖田が口を開いた。ギュウギュウとその細い腕の何処から力を出しているのか。兎に角強くきつくしがみついてくる沖田に離そうとするのをやめると沖田の話に耳を傾ける事にする。自分の胸に顔を埋めている沖田の息遣いがリアルに感じられてくすぐったい。

「いつも、気にしてたでしょ」
「……何を だよ」

聞いてやると少しの間をあけたあと、土方を見上げふ、と綺麗なけれども儚い、苦笑ともとれる笑みを浮かべながら 言った。

「俺と土方さんの仲、他の人に知られるのを、でさァ」

その笑みが余りに切なくて苦しそうで。土方は思わず息を呑む。スと沖田は視線を逸らすとポツリポツリと今まで溜めていたものを吐き出すようにゆっくりと話始めた。

「俺が隊士達の前でちょっと土方さんに触るだけで触んなって怒鳴ったり」
「夜も、声抑えろって、」
「俺と土方さんの仲が誰かに知られるの凄く、嫌がってたでしょ」

それに俺、凄く傷ついてたんですぜィ その言葉はなんとか口に出さずにすんだ。けれどもしっかりと土方の腰を掴んでいる腕が細かく震えている。思わず土方も抱きしめる腕に力を込めた。それに沖田は微笑いながら続ける。

「だから俺、俺と、土方さんと、二人きりしかいない所に行きたいなって思ってたんでさァ」

そして少し恥ずかしそうに戸惑いがちに土方を見上げると今までにないくらいの穏やかな笑みを浮かべた。余りにも儚く綺麗な笑みを。

「二人きりの世界、って、訳にはいかないけど…」

はにかむように、幸福な笑みを浮かべている沖田のピンク色の唇が言葉を紡ぐ。

「これだったら、土方さんも気にせずにずっと一緒に、…いられやすね」
「―――――ッ」

それだったら、この状態でも悪くない そう続けた沖田のその言葉に思わず土方は目を大きく見開いた。そして沖田から目を逸らし口を手で覆う。沖田が不思議そうに見ているが構っていられる余裕すらなかった。


堪らなく、なった。他の人には見えないようになってしまって、それでも自分と一緒に居られるなら、ずっと一緒にいられるなら、それで良い だなんて。そんな事を言う沖田に 堪らなくなった。他の人に見えなくなってしまったのは、沖田に2人きりの世界に行きたいと思わせてしまった自分のせいかもしれないのに。怒りもせず逆に嬉しがっている沖田が愛しかった。そして罪悪感でいっぱいになった。男同士で恋愛なんて、と沖田を好きになってしまった事自体を後悔し沖田が好きな自分すら嫌悪していた自分はなんと愚かだったのだろう。沖田はこんなにも、自分を想っていてくれていたのに。こんなにも健気に一途に、自分の事を想っていてくれたのに。


「総悟っ…」

想いをぶつけるようにきつく、沖田を抱きしめた。なんて言って良いのか、分からない。どうしていいのかも、分からない。

「いい、わけ…ないだろっ…」

けれども搾り出すように土方が言った。戸惑うように土方さん、と小さく沖田が呟く。その声に、箍が外れたように土方は沖田の顔を上げさせるとその口にむしゃぶりついた。ァと濡れた声が沖田の口から漏れる。ダンと壁に押し付けて沖田の舌を自分の舌で捉えた。くちゅくちゅと艶っぽい音が部屋に響く。何度も何度も角度を変えただ無心に沖田の口腔を掘った。

兎に角沖田が可愛くて、愛しくて。どう言えば良いのか分からなかったのだ。愛しいと伝える術が分からないのだ。だから、土方は自分の想いをぶつけるかのように激しくけれども優しく沖田に キスを した。


「ファッ、ア、んん、ン、あァッ」

くちゅくちゅと濡れた音が聴覚を麻痺させる。考える力が無くなってきて、沖田はただただ土方のされるがままになっていた。何分それが続いただろう。兎に角土方が解放してくれた頃にはもう沖田の身体の力は抜けてしまっていて土方に寄り添いキュ、と服を掴んでいた。頬をピンク色に染めさせハァハァと荒く息を繰り返す 沖田。土方は沖田の後頭部を押しグ、と自分の胸に乱暴に埋めさせるとボソリと言った。

「総悟、…その、……」

言いよどんでいる土方に沖田は不思議そうに首を傾げる。暫くの間があって、先ほどより小さな声で囁くように土方が言った。

「……あいしてる、から、…な…」

その言葉に沖田はバッと勢いよく顔を上げた。バツが悪そうに頭をかきながらそっぽを向いている土方が目に入りじわりと涙が浮かんできた。初めて聞けた、愛の囁き。

「……っ、!!ッ、ひじかたさ、」
「沖田さーん、」

ギュウウと抱擁し合おうと腕を伸ばした瞬間。無遠慮に扉が開かれ名前を呼ばれた。山崎だった。バット・タイミング。心の中で呟きパ、と時計を見る。そして沖田はゲ、と、心の中で呟いた。

タイム・リミット だった

土方の腕の中からソソと逃げ出すと次は沖田がバツが悪そうに俯いた。

「どうした…?総悟…」
「沖田さん、もうそろそろ仕事の時間なんで…」

おかしな行動をとる沖田を訝しげに見て言いながら次は自然に沖田に話しかけてきた山崎を不振そうに見た。確かコイツは、俺以外の人には見えてないんじゃなかったんだっけ、と。

「……見えるのか?コイツ」
「あれ?まだバラしてなかったんですか?」

バラす?

そう言った山崎に眉を顰める。しかしそこまで聞いて、先が読めないほど馬鹿じゃない。鋭く睨みつけるように沖田を見ると沖田が俯き視線を逸らしながらボソボソと言った。

「すいやせん、…土方さん…。昨日の夜ゲームしようって話に、なって、その…ッ!!!」

しどろもどろに話しているとパアンッと高い音が鳴って頬が焼き付くように熱くなった。一瞬呆然としてしまい何が起こったのか分からなかったけれど。激しい痛覚と赤くなっている土方の手の平が見え理解する。頬を、叩かれたのだ。いつも叩かれてる軽いのとは違って、本気で叩かれた、らしい。みるみる内に頬が腫れ上がっていっているのが自分で分かる。

「お前、言っていい嘘と悪い嘘が…あるだろ…」

怒気を押し込めるようにして土方が言った。見下ろす瞳が冷たい。

「どれだけ人が心配したと思って…!」

怒鳴るようにそう言ってしかしその次の言葉を言う代わりにチッと舌打ちをした。そしてハァと苛ただし気に溜息を吐いて。

「もういい」

一言そういい残すと土方はスタスタと沖田の前を通りすがり出て行った。バンッと乱暴に閉められた障子の音が土方の怒りを表している。

「ど、どうかしたんですか…?」

山崎が焦り気味に聞いてきた。

「副長、あんなに怒るなんて…」

困惑気味に山崎が呟いた。いつも遊びを仕掛けてもしょうがねぇな、と笑うだけだったのだから、あんなに怒った土方を見れば戸惑うのも当然かもしれない。

「すいやせん、俺達がゲームしよう、なんて言ったから…」
「いや、俺のせいだから、気にするこたねェよ…」

そう言って余りにも悄気る山崎を安心させるように少し微笑んでやる。それに山崎は思惑通り安心してくれたのか、ホと息を吐きそれから心配そうに言った。

「あの、頬冷やした方が…」
「いいから、少し向こう言っててくれねェかィ…」

次は少し突き放すように。そう言ってやると山崎は一度心配そうに自分を見上げ、それから一礼すると部屋を出て行った。

その途端力が抜けたかのようにずるずると壁を伝いながら床に尻をつける。余りにもじんじんと痛みを主張してくる頬を押さえたら熱かった。

「……俺が、悪いってのかィ…」

ボソリと、小さく呟いた。ゲームに便乗して言ってしまったけれど全部本当の 事だったのに。ゲームを利用して自分の思いを伝えようと思っただけなのに。





それから沖田はちゃんと仕事をこなした。
途中隊員達が土方さんの反応、どうでしたか?なんてわくわくとした表情で聞いてきたがただ微笑を漏らす事しかできなくて。やっぱりこれは、やり過ぎだったよな、と沖田は心の中で呟いた。少し調子に乗ってしまったと、後悔する。いっそ本当に自分が見えなくなってしまっていたのなら良かったのに、とそこまで考え付いて沖田は首を振った。逃げるのもいい加減にしろ、と。

「謝るしか、ないよなァ」

謝って謝って謝り倒してそれでも許して貰えなかったらどうしよう。不安を押し込めて、沖田は目の前の仕事に集中をした。




「土方さんっ…!!」

夜。土方の部屋の前で。沖田は土方の部屋付近をうろうろと何度も行き来し悩み考えそれから漸くそう叫んだ。出た声は思った以上に震えていて自分で笑けてきた。確かにこの部屋にいるはずなのだけれど、返ってこない返事にけれども覚悟していた沖田は余り落ち込まずに、続けた。

「さっきの、事…土方さんを、弄ぶみたいな、感じになっちゃいやしたけど、」

ぐ、と拳を握りこみ沖田はまた叫んだ。

「でも、さっき言った言葉に嘘は一つもないんですぜィっ」
「2人きりの世界に行きたいって、言った事もっ、」
「土方さんだけに見えるなら自分なんてどうでも良いって言った事も、ッ」
「全部、本当の事ですから…ッ」

兎に角言いたい事全部を言い切りハァッ、と沖田は大きく息を吐いた。何にも答えない土方にやはり相当怒っていると顔を俯けさせた。折角愛していると、愛していると、言って、くれたのに。じわ、と瞳に涙が溜まってきた。泣くのはおかしい、と、袖口で涙を拭う。相変わらず何も言う気配のない土方にけれどもこのまま自分の部屋に帰っても寝れるはずないと思いそこに立ち竦む。そのままどれくらいそこに突っ立っていたのだろう。兎に角沖田の身体が冷え切るくらいの時間が経った後 ドアが開いた。

「………」

出てきたのは勿論 土方で。少し不機嫌そうな顔が見えけれども沖田の顔を見驚いたような顔をして、口を開いた。

「何、……泣いてんだよ、…みっともねェな」
「ひじかたさん…っ」

滅多な事で人に涙を見せようとしない沖田が惜しげも無くぽろぽろと涙を流す姿を見てか、土方はハァと溜息を吐くとギュ、と抱き寄せ頭を乱暴に撫でた。

「ごめん、…」

小さく沖田が呟く。

「もう、いい」

すん、と鼻を啜る音が聞こえもう一度ごめんなさい、と肩を震わせ嗚咽混じりの声で沖田が言った。土方は苦笑して、頭をぐいとやり顔を上に向けさせる。真っ白な整っている顔に不自然に赤く腫れている左頬に気付き土方は顔を顰めさせた。

「ほっぺた腫れてるぞ」

怒りに任せて手加減無しで張ってしまった事を少し後悔しながら、その余りに痛々しいほっぺを触りながら土方が続ける。

「ばかだな、…ちゃんと冷やせよ」
「これは、罰だから…良いんでさァ…、痛いままで」

そう言った沖田に馬鹿言ってンな、と返すと部屋へと入れ氷を詰めた袋を渡した。少し戸惑いを見せたがホラと土方が促してやると沖田はソとソレを頬へとあてた。沁みたのか少し顔を顰める沖田に土方は微笑った。


馬鹿なゲームを仕掛けてきあまつさえ自分の気持ちを卑怯なやり方で確かめようとした沖田には本当に腹が立ったけれど。馬鹿なゲームに引っかかってしまった自分も馬鹿だったし恋人だと言う事を頑なに隠そうとして沖田に嫌な窮屈な思いをさせていたのは確かな事だったしそれに大事な気持ちに、気付けたし、と土方は横に座る沖田を見ながら思い。

あいこと言う事で、良いかと 心の中で呟いた。


END


女が「私妊娠しちゃったの」とか嘘こいて男の愛を試す、とかよくあるじゃないですか。あれのホモ版をやりたかったんですが、ねフフ訳分からなくなってしまったねハハ
そして土方さんは隊士達に色々遊ばれているといい(…)

 グーとチョキとーと 041116