沖田は初めて会った時から土方のことを怖い人だと思っていた。
それは会ってから1ヶ月を過ぎた今でも変わっていない。
同年代にも怖がられる土方だ。まだ9才の沖田には怖くて当たり前なのかもしれない。
目つきは悪いし態度はでかいし少しのことで怒鳴るしすぐに手をあげるし稽古のとき必要以上にびしびし打ってくるし。沖田は土方の怖いところを指折り数えながら思う。沖田はいつも土方と会うことを避けていた。怒られそうになるとぱたぱたと走って近藤を探して、見つけた近藤のうしろに隠れる。それを面白くなさそうに見下ろす土方の顔が、沖田の最近もっとも多く見ているものだ。


「おいコラくそがき」
「っ」

そんなある日、沖田は近藤がでかけている最中に偶然土方に会ってしまった。急いで逃げようとしたら襟首を掴まれた。オイ待てって、掴まれた襟首を引っ張りながら言われて沖田は息がつまってうぇと苦しさに呻く。あぁ悪い、言いながら土方はパっと手を離した。けれども代わりにダンッと壁に足をつけて沖田の進行方向をふさぐ。はたから見れば小さい子をいじめているようにしか見えない。いや事実そうなのかもしれない。沖田には土方の目的が分からなかった。

「なーんで、俺に会うと逃げんだよおめぇは」
「……」

沖田は土方を見上げて黙っていた。腕を組んで見下ろす土方を怖いと思いながらもなにえばってんだィこの人ァ、思って沖田は自分からぷいっと目をそらす。それに土方は少しむかついて睨む瞳を強くした。

「ほんっとかわいげねぇなァお前は」
「……」

つん、とした顔で無視していたら暫く土方は沖田の顔を見ていたけれどももう良い行け、そう言ってしっしっと手で追い払われてしまう。その仕草に沖田はむかついて土方を蹴り飛ばして行きたいのを我慢してたっと走っていった。


それから数年、土方についての印象は変わらなかった。











「お前…何やってんの」
「……」

もう夜の2時を過ぎていた頃か。沖田が数人の男に手篭めにされそうになっているところで沖田と土方は会ったのだ。
見て分かるだろうが、思いながら沖田は土方から顔をそむけた。何もこんな時に会わなくても良いじゃないかと沖田は思う。こんな夜遅く、人通りの少ない路地で、犯されそうな場面で会うなんて何パーセントの確率でィ沖田は心の中で毒づく。こんなところを見られるなんて、最悪だ。屈辱感を感じる。

沖田は、土方が助けてくれるなんて微塵も思っていなかった。だって別に自分は男だし、犯されたって何の問題もない。犯されるのなんて男にとっては喧嘩してぼこぼこにされるのと同じようなものだ。土方が喧嘩している自分を助っ人してくれるはずがない。
早く、行っちまえ、沖田は思っていた。
けれども土方はぐい、と沖田の上に乗っかっている男の髪を掴んだのだ。え、何、沖田が思った瞬間、土方は男の横っ面を思いっきり、ぶん殴った。

「っ…!」

男の決して軽くない体がぶっ飛んで壁にあたっていやな音が響く。沖田は信じられないものを見るかのように土方を見ていた。
すぐに他の男が多数で土方に殴りかかっていったけれども土方の方が喧嘩の腕は数段上だった。すぐに先の男と同じく無様にぶっとばされる事になる。無表情で人の顔を手加減なく殴る土方を見て、久しぶりに沖田は土方を怖いと思った。小さい頃の感覚がよみがえる。土方の一挙手一投足にびくびくしていたあの時のこと。あのころは本当に土方の存在がこわかったなぁ、なんて、忘れていたことを思い出した。

沖田が土方の方を見てみると土方はじ、とこちらを見ていた。昔と変わらない瞳だ。

「何ヤられそーになってんの、お前」
「…」
「ガキが夜遅くまで遊んでっからだぞ」
「…」
「っつーか、おめぇのが強いんじゃねーの?」
「…」
「不意とられたんだろなさけねーな」
「…」
「きーてんのか」

言って未だに地面にへたりこんでる沖田の腕を手にとってみて土方は少し驚いた。強く握ったら折れてしまいそうなほど細い。やわさが女を連想させた。優しく扱いそうになるのを振り払って逆に乱暴にぐい、と無理矢理立たせようと腕をひっぱる。そこで沖田のからだに力が入っていない事に土方は気がついた。へたりこんだままの沖田を見ながらもしかしてビビってたのかと、考える。
えらく体格の良い男たちだった。それが、5人。沖田は丸腰だったしこういう場合は純粋な腕力がものをいう。さすがに敵わなかったのは仕方ないと、土方は思う。しかしそれにしても自分が来なければ犯されていただろうと考えるとなんてやはり情けないとも思った。近藤道場の看板背負ってる身のくせに。剣道では自分でさえ敵わないのにその辺の奴に手篭めにされたら困ると、思ったのだ。

「…なに、たすけてくれてんですかィアンタ」
「何で助けてやったのにンな偉そうなんだよテメーは」
「俺のこときらいなくせに…」
「ハァ?」

急に話題転換してきた沖田に土方はふぬけた声をだす。

「別に嫌いじゃないんですけど」
「うそつけィ」
「っつーかお前が俺のこと嫌いなんだろ」
「うん」
「……」

あっさりと言いにくいことを言ってくれた沖田に土方は黙り込んだ。しかし土方にだって嫌われているだろうなという自覚は、あった。
もともと子供に好かれるようなたちではないし、沖田には小さいころから大分きびしくあたっていたのは土方だって覚えている。稽古のときつい手加減をし忘れてしまってあとでやりすぎたと後悔した事なんて数え切れないほどあった。すべて沖田の子供らしからぬ見てとれる強い精神力や高い剣道の技術のせいだったのだけれどそんな事知らない沖田にとってはただの理不尽ないじめに過ぎない。嫌われて当然だ。仕方ないか、ハァと土方は溜息をのみこんで髪をくしゃりとかきあげる。

「…帰るぞ」
「指図しねぇでくだせぇ」
「…」

今度こそ腕を引っ張ってたたせると沖田は立ち上がったけれどすぐに手をパシリと振り払った。それに堪えられずはぁと小さく溜息を吐いてしまう。こんな夜遅く、沖田を1人置いていくのは抵抗があるけれどきっと沖田は自分と一緒にいたくないのだろうと土方は思って、ならば無理に一緒に帰ることもないかと、くるりと踵を返した。

「あっ、」

けれども一歩を踏み出した瞬間、沖田が叫んだ。ぴたりと土方の歩みが止まる。そして次に聞こえた声色も土方の気を引くようなものだった。

「なんで先行くの…」
「なんでって…」

沖田のことを思ってしたことに不平をもらされて振り向くと見えた沖田は眉寄せて視線を下に落としていた。その表情は寂しそうにもとれて土方は意外さにびっくりしてしまう。

「え…」

あ、どうしよう、土方は思った。そして仮説を作ってみる。沖田は、本当は怖いんではないかと、そう思えばさきほど握った手は震えていた。勘は昔から良い方だった。自分の勘に頼って失敗したことは、ない。
とりあえず、って、思って、ぎゅっと土方は次は振り払えないよう手首を握ってみる。そうしてから歩き始めた。

「ちょっと、やめてくだせぇよ」

口ではそう言ったけれど嫌そうではなくて土方はそのまま黙って歩き続ける。小刻みに揺れていた指の震えが止まった気がして土方は笑みを浮かべた。




沖田は、ホッとしていた。土方は怖いけれど犯されそうになった時の方がもっと怖かった。けれどもそこで沖田はふっと気付く。

「(あれ、)」

小さいころはいや今までは、土方の顔想像するだけで怒鳴られる場面が浮かんで怖くてむかついてだけれど一緒に歩いている今、その怖い土方が隣にいる今。

「(あんまり怖くないなァ…)」

思って、ちろりと土方の顔を盗み見てみる。土方の表情は、沖田がずっと土方に持っていた印象とは違う顔をしていた。鬼のような顔している土方の顔しか頭に残っていない沖田は面食らった。

「うわぁ」
「…なに?」

思わず驚きが声に出てしまって土方が訝しげにこちらを見た。急いでふるふると首を横にふりながら言う、何でもない。反射的に怒鳴られるかなと思って身を竦めたけれど何だよ、土方は不思議そうな顔をしてそう言っただけでその顔見るのも初めてだった沖田はあれちょっとこれ楽しいかもって思った。新しい表情の発見が、面白いのだ。少し途切れながらも会話をしながら歩いたせいだからって、沖田は認めたくなかったけれど道場までついた時あーあ、と、思った。道のりがすごく短く感じた。またこうやって歩くのも悪くないかもしれないなんて思って、沖田は笑った。


END

 

  テキストイニング 060227