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入るぞガラリ。 2つの音は同時に沖田の耳に届いたけれどそれによって沖田が何か反応を返すことはなかった。乙女の部屋に入る時はノックくらいしろよ土方コノヤロー、いつも部屋に入るととんでくる沖田の野次が思い出されてそれがひどく懐かしく感じる。沖田は三角座りして膝小僧の上に頭横向けにのっけてぼんやりと、畳を眺めていた。土方はこの部屋の空気が違うのを敏感に察知して入るのを躊躇したがそれを振り切って部屋に入る。沖田は微動だにしない。ただただ畳をながめていた。沖田が動かしているのは、まばたきをするまぶただけだ。 「総悟」 意味もなく名前を呼んで、それから土方は持ってきてやった食事を沖田の目の前に置いた。 ミツバが死んで、1カ月。 沖田はそれから何にも口にしていない。始めは心配する山崎や近藤にほっとけと言っていた土方も流石に1カ月も経つと心配になってきた。誰が沖田のところに行っても門前払いだったので土方が直々にきてやったのだ。 「世話やかすんじゃねぇよ」 土方は沖田の前に座って、ぴくりとも動こうとしない沖田にふぅと溜息を吐く。仕方ねぇとレンゲを持っておかゆをすくって、沖田の口の前まで持っていってやった。沖田はやはりほんの少しさえも動かない。土方はむしょうに心配になった、胸騒ぎがした。久しぶりに見た沖田はあんまりにも細くて白くて儚くて、死ぬ直前のミツバを思い出させた。そんな事言ったら沖田は怒るだろうけれど。 口元まで持っていったレンゲを、唇に押し当てる。土方は無理にでも食べさせる気だった。だけれどその手をバシッと振り払われる。土方は黙ってレンゲを拾って、また口元へ持っていった。唇を無理に指でこじあけてほんの少しでも食べさせようと躍起になるがまた振り払われた。それが何度か続いてそれでも根気強くくり返す土方に沖田の眉が寄せられる。 「ほっといてくだせぇよ…」 久しぶりに聞いた声は掠れていて、沖田の声じゃないようだった。ただただ静かに沖田は続けた。 「しごとはちゃんと、してるんだから、いいだろぃ」 「そういう問題じゃねぇんだよ」 「…」 「みんな心配してんだ。せめて食うくらいはしろ」 「…」 だけれどそれっきり沖田はまた口を噤んでしまった。土方が何を言っても聞く耳をもたない。ハァと、土方の口からまた溜息が出た。こんな沖田、見ていたくない見ていられない。本当はぶん殴ってやりたかったのだけれどやはり沖田には甘いのだろうそんなことする気になれず土方はなす術をなくす。ハァ、もう1度土方は溜息を吐いた。 「いつまで、そうしてるつもりなんだ」 「…」 「どこまで沈めば気がすむんだよ」 1カ月前から何にも変われていない沖田に苛立って思わずキツくそう言ってしまった。誰だって辛いこといっぱいあって乗り越えてきている。1人だけいつまでもいつまでも落ち込んでるなって、そこまで言いはしなかったけれど土方はそう言ってやりたかった。 「そんなん…」 不意に、ずっと黙っていた沖田が口を開いた。沖田はいつの間にか顔を足の間にうずめていて声がこもって聞こえにくい。土方は沖田が間をおいている内にこくりと固唾をのみこんでおいた。 「そんなん、」 「…」 「おれがしりてぇよ…」 その悲痛な声を聞いて、どくんっと、土方の心臓がなった。 あぁ、と、土方は思う。沖田にとって辛いことなんて他の人間に比べたら驚くほど少ない。だけれど少ない分1度の辛さが大きいのかもしれない、辛いことに慣れてない沖田は立ち直れる術を知らないのだろう。どれだけ辛いのかと思ったら激しく胸が痛んだ。 「ただ、いまは、かなしくて、かなしくて、かなしくてかなしくてかなしくてかなしくて、かなしくて…」 「…」 ひっく、と、押し殺した嗚咽が聞こえた。肩が震えていた。ギュウと拳が強く握られていた。 泣いている。1度だけ見せた沖田の涙が土方の頭に鮮烈に思い出された。胸がきゅうと痛くなる。笑って涙誤魔化そうとして零した涙の綺麗さに土方は戸惑った。どうして良いのか分からなくなった。また今も同じだ。どうして良いのか分からない。 「あまえたくねぇから、ひとりにして」 沖田は十分に間をおいて、酷い嗚咽で聞き取りにくくそう言った。 衝動的だった。どうして良いのか分からなかったのは、きっと沖田が何を求めているか分からなかったからだ。今、自分を求めているのだと確かに感じただから。 「甘えろよ」 そう言って土方は強く沖田を抱きしめた。びくっと沖田の体が一瞬はねたのが体に伝わる。いきなりのことにかこわばっている沖田の体は抱きしめるのを躊躇わせるくらいに細かった。 「お前はまだガキなんだから」 「俺からみたら10年前と何にも変わっちゃいねぇんだよ」 「ただのガキなんだから、」 「甘えていいんだ」 沖田は、土方を突き飛ばそうとした。だけれど、できなかった。胸を押そうとした手のひらはしっかり土方の服を握り締めていた。ぼろぼろぼろと涙が落ちる勢いを増す。あ、あ、う、暫くはそんな言葉しか出てこなかった。 「おれ、あねうえになんにもしてあげられなかった」 ひっくひっくと嗚咽が酷くてほとんど言葉になっていなかったけれど土方には伝わった。 「わがままばっかいって」 「ひとりぼっちにさせて、」 「おれはたのしくまいにちすごして」 「あねうえは、ずっと、ひとり」 「おればっかあねうえにたすけてもらって、」 「なんにもおれいできずに、」 「し、しんじゃっ…、」 ひときわ強く胸板に頭が押さえつけられた。ぎゅうぎゅう押さえつけられて、その分沖田が激しく泣いていることを土方に伝える。う、うぅ、暫く沖田は激しく泣き続けて、だけれど不意に、ぱたりと涙を止めた。そしてゆっくりと土方の胸板から離れて、うつむけていた顔をあげる。大きく見開かれた瞳は焦点があっていなくてどこを見ているのか土方には分からない。 「おれ、おれのほうが…、しななきゃいけないにんげんなのに…なんであねうえがおれのせいだおれみたいなおとうともったからあくまみたいなおとうともったからだからっ…」 だから、そう言って沖田はまた涙を零した。ぽろぽろと。 くだらねぇこと言ってんじゃねぇばかやろう!!!! 怒鳴って今度こそぶん殴ってやろうと思って拳握り締めて振り上げてそこまでやったのだけれど、やっぱりできなかった。そんなこと言える権利もそんなことできる権利も自分にはない。それを土方はよく知っていたからだ。また狂ったように泣き出す沖田をただ強く抱きしめる以外土方は沖田を慰める方法を知らない。それが辛くてただただ縋るように沖田を強く抱いた。 END |
| いきもできない 061207 |