| それが聞こえた途端、土方の体がぴくりと反応をした。本当に少しだけしか聞こえないあ、と、思わず出た小さな呟きにさえかき消されそうなほど儚い音色。だけれども力強さと迫力がある。 ベートーベン悲愴の第二楽章。別に土方が特別に好きな曲ではないだけれど異様に惹かれた。優しいふんわりとしたその音色は土方の体中に激しい何かを、響かせるだけの力があった。耳をたよりに音をたどっていく。たどりついたのは音楽室だった。 そっと扉を開けると、目に入り込んだのは、沖田総悟、だった。 沖田総悟とはクラスどころか学年も違うだけれど土方はよく知っていた。だっておそらく学校一の有名人だ。男子校の生徒というのは共学の生徒の半分くらい女と触れあう機会が少ない奴が多い。そのせいか性の対象が男へと向くの者も少なくはない。そんな中沖田は格好の餌食だった。キュートな女顔に細い肢体。ちょっとそりゃねぇよってくらい沖田はモテていた。土方は別段興味がある訳ではなかったが顔を見たことはある。(友人が隠し撮りをしたらしいやつ)整った愛らしい顔をしているとは思ったけれど興味を惹かれた訳ではなかった。だけれども今、猛烈に惹かれている。なんて綺麗にピアノをひくのだろう、演奏が終わってからも数秒は動けずに土方は突っ立って呆けていた。 「おっまえ…」 思わず声をかけていた。チラりと沖田がこちらを向く。 「何で!?何でそんなうめぇの!?」 「え…」 突然大きな声をかけてきた土方に吃驚しているようで、沖田は大きな目をぱちぱちとまたたかせている。土方は全然気にしなかった。柄にもなく興奮している。 「誰に指導してもらってんだ!?学科は?何歳からピアノ初めてんの!?」 「あ…」 「他の曲とかひいてもらえねぇかな!?俺的にはモーツァルトの協奏きょ」 「あの、興奮なされているところ大変申し訳ないんですが…」 ふっと、言葉通り申し訳なさそうに表情を曇らせたものだから気が引けた瞬間。 「落ち着けコノヤロー!」 ドガッ、と腹を蹴られてしまった。細い肉体からくりだされたとは思えないほど強烈だ。う、と、思わず片膝をつく。じろりと沖田を睨みつければ沖田は冷たく自分を見下ろしていた。 「悪ィんだけどねィ、俺ァいつもこんなすんばらしいピアノ演奏をできるわけじゃないんでさァ」 ポロンポロンとゆっくり鍵盤おしながら、沖田が言う。何のメロディーにもなってないのに先ほどの演奏があんまりにも強烈だったものだから、沖田が鍵盤押す度に思い出されてゾクゾクとする。口の悪さと足癖の悪さ。見た目とイメージが全然違う。 「は?ナニ?どういうこと??」 「…」 沖田は鍵盤おすのをやめ黙って少し考えるようなそぶりを見せた。んー、と首かしげながら土方を見ている。 「別にアンタに教えてもねぇ〜…」 良い事あるわけじゃねぇしなぁ、そう続けられて土方がまぁそりゃその通りだけども!予想外に冷たいなと、ガラにもなくヘコみそうになる。ってゆーかアンタ何急に?土方が痛いところをつかれたところで音楽室のドアがまた開かれた。それに沖田の表情がパッと明るくなる。 「あっ、センセェ!」 おー、とやる気なさそうにこたえたのが苦手な坂田銀時で土方はあからさまに顔を顰めた。 「なんか変な男がきてさァ、助けてくだせぇ」 「変な男?…ん、あれ?おおぐしじゃ〜ん」 「…おおぐしって言うんですかぃ?」 「うん、そうそう」 「…そうそう、じゃねぇよ!!!俺は多串なんかじゃねぇからな!」 「なんかって…多串クンに失礼だなぁ〜謝れよ」 「だから誰だよおおぐしくんってのはよォオ」 自分の時とはうってかわって甘い声をだして銀時を呼ぶ沖田に2人の親密さを見せつけられ突っ込むのが遅れてしまう。危うく多串として覚えられてしまうところだった。危ねぇ、フゥと息を吐きながら沖田を盗み見ると浮かない顔をしている。眉を寄せていて怒っているようにも悲しんでいるようにもみえた。 「先生ェ…知り合いなんだ」 「いや知り合いっていうか、生徒だからね」 「ふぅん」 チロリと横目で見られる。沖田の雰囲気は明らかに敵意に満ちていた。しかし銀時は気づいてないのか気にしていないのかピアノの上に置いてあったぺろぺろキャンディをとると先生これとりにきただけだから、そう言ってすぐに出て行こうとした。のだけれど、ふっと沖田の顔を見た。 「沖田クンさァ、今ピアノ弾いてたよね?」 「そうでしたっけ」 「何かあった?」 「…なんにも」 そっか、それだけいうと銀時はキャンディをぺろぺろしながらあっさりと去っていった。その後ろ姿を見えなくなるまで沖田がじぃっと見ているのを土方は見てしまった。だから何ってわけじゃないけれど。 それから少しの間、2人に沈黙が走った。不意にそれをやぶったのは沖田だった。 「アンタさァ、」 「?」 一度瞳を伏せて、次に土方を見つめたその視線に敵意が込められているのを感じた土方は一瞬たじろいだ。 「ちょっと先生ェが優しくするからって、調子乗ってんなよ!」 そう叫ぶと沖田はピアノの蓋を閉めてばたばた走ってでていってしまった。 「はぁあ?」 全く意味の分からない土方は思いっきり間の抜けた声を出してしまう。え、ちょ、おい!話かけた声はむなしく沖田の姿はもう見えない。(なんて足の速い子!)意味がわからなくて土方は頭を抱える。先生って、坂田のことか?優しいか?俺に?何気持ち悪ィこと言ってんだァアアア、土方はキレる。キレたところで後ろに人の気配を感じた。 「かーいーでしょー?あのこ」 坂田銀時だった。帰ったんじゃなかったのか。ってゆーか帰れ、天人がいる江戸の街に帰れ!教師じゃなくて万事屋でもやっとけ! 「あの子さ、ピアノ上手いでしょ?」 「…まぁ」 「いっつも上手なわけじゃないんだよねー」 「…」 それはさっき沖田に聞いた! 「俺が冷たくしちゃったからなんだな〜」 「…」 「あの子ね、俺に冷たくされるとその悲しみをピアノで表現するんですよ。優しくされた時もねー」 なにそれ自慢ですか!?なんかよく分からないけれどめちゃくちゃ腹立った。舐めてるぺろぺろキャンディ奪い取って窓から外へぶん投げてやった。(突発的な行動である!) 「あらら、何すんの?弁償ね、はい、10万円」 「どんだけボる気だ!…どうでもいい話聞かせんじゃねーよ」 「どうでもいい?ふーーん」 じろりと意味ありげに見られる。なんだよって睨み返したら肩を竦ませてまあいいやって。 「あの子俺のだからね。あげないよん」 「…はぁあ?」 何言ってんだコイツぁ。土方は思ったのだけれど本当は意味を分かっていた。ただ理解するのが怖かった!去っていく銀時の後ろ姿見ながらあー蹴りぶちかましてぇって思った。 END |
| 続きそう 木枯らし 0801107 |