「もし生まれ変われるなら、…今度は人間じゃない生き物になりたいなァ」

ポツリと言った言葉はまるで自分がもうすぐ死んでしまうと言う事を認めているような言い方で。つい先ほどまで近藤や山崎の前でわざとらしく元気を振りまいていた様と見比べると酷く滑稽だと土方は思った。けれどどう反応していいのか分からず滑稽だったからって笑えるはずもなく黙っていると沖田が土方の方を見て、苦笑ともとれる笑みを見せながら言った。

「人間の汚さにはもう飽き飽きでィ」

疲れたようにそう言い微笑う沖田に何とも言えない感情を土方は感じた。
彼はまだ、ほんの幼いうちから人間の様々な面を見てきた。綺麗なところも勿論あった。けれどもそのほとんどが反吐がでる程汚い、欲望に負け自ら泥に塗れる様だった。どんなに綺麗事を言っても結局は皆強い者に謙り野心を持つが故に人を憎み争いそして堕落する。それを彼はよく、知っていた。その結果最期に。人間でいられる最期の時かもしれないと言う今この時に。もう人間には飽き飽きだと、もう人間で在りたくないと、そう言う彼にどうしようもなく胸が 痛んだ。

彼だって、そうだった。彼も、沖田も、窮地に立ち他の人を身代わりに自分の命を優先した事がある。彼は数年経った今でもその事についてとても悩んでいた。苦しんでいた。彼は言い訳するかのように言った事もあった。「あの時、自分が甚振られる事を選んで、得られるものなんて何もなかった薄っぺらい偽善心を貫いたと言うちっぽけな優越感のほかは何も それがあの酷い扱いに匹敵するようなものではなかったでもね土方さん、俺はやっぱり後悔しているんでさァ薄っぺらい偽善心でも俺が甚振られる方を選んでいれば彼女は救われたんだ ねェ、そうでしょうでもこれは後からだから言える事で、きっとまた同じ立場に立たされたとしたら俺はまた、自分が痛くない方を辛くない方を選ぶんだ醜いね、とても 汚いよとても」無表情のままで早口にそう言った彼はどんな思いでそれを口にしたのだろう。

沖田が選んだ人生だ。他の道へ行こうと思えば行けた。同情する理由はない。けれどもこの世界に入る切っ掛けを与えたのは自分だ。沖田は勿論自分の人生に後悔などしてはいないだろうけれどももっと他の。血に塗れた、こんなに荒んだ人生ではなくもっと普通の、在り来たりな、平凡な、人生を送れたのではないかと。それならば長生きできたのではないのかと。そう思うと痛烈に、自分を非難してしまいたくなる。そんな事沖田は望みはしないのに。寧ろ怒るだろう。口もきいてくれないくらい、怒るだろう。けれども、沖田に死んで 欲しくなかった。悪あがきだ。今更言ってもどうにもならない。時間が戻る訳でもない。止まる訳でもない。ただサラサラと穏やかにけれども残酷に時は 流れるのだ。



「……何かご希望の生き物がおありで?」

不意に果てしない喪失感を感じ何でもないようなふりをしてわざと茶化すような口調で土方が言った。

「そうだなァ…」

無理をしているだろう土方に気付いたのか沖田は先ほどの話題には触れず自分がなりたい生き物を考えた。ふと浮かんだのは前から思っていた自由の象徴の生き物。

「鳥に、なりたい」
「ありきたりだな」

そう言って笑う土方に沖田は少しむ、として、けれども沖田はまだ穏やかに微笑っていた。それが土方の心を揺らす。何もかももうどうでもいいように振る舞う沖田が堪らなく嫌だった。

「鳥は自由で、羨ましいでさァ」

目を閉じ鳥が羽ばたく様を想像して唇の端を少しあげ笑みを作りながら沖田が言った。

「何も考えずただ、空を飛び回るだけだ」
「オイオイ鳥ナメんなよ。何かすっげぇ複雑な事考えてるかもしれねぇじゃねぇか」
「でも何もしなくていいじゃないですかィ」

強く言った沖田に土方は口を噤む。彼は幻想を抱くような人ではなかった。そうだ、鳥なんて何匹殺したか知れやしない。ほんの半年前、鳥になりたいだなんて沖田に言われたら土方は大笑いしていただろう。何の冗談だ、熱でもあるのかと。

「それに、鳥が考える事は、…きれいな事だけだ」
「すげぇ妄想だな」
「だって汚い事を知らないもん」

一呼吸置いて、沖田が言った。

「うらやましい…」

本当に羨ましそうに、妬ましいだとかそういう醜い心ではなく純粋に、子供が何の引き換えもなく欲しいものを口にするかのように沖田がそう言った。そう言った、後。儚く浮かべられた笑みが消え硬くやけに綺麗なけれど無表情な顔だけが残された。それでも心無しか唇だけ皮肉に笑みを刻んでいるかのようにも見える。

「でもきっと俺は鳥にはなれないよ」
「……」
「鳥になんて、なれやしないんだ」

不意に沖田が泣きそうな気がして土方は拳を握った。

「鳥になってもきっと、重くて飛べない」
「いっぱい背負ってるから」
「償いきれないほどの、罪を」

口を挟もうとして、けれども開いた口から何も言葉が出なかった。気の利いた言葉一つ出てこない自分が憎かった。彼を安心させれる言葉はないのか。彼の心が落ち着く言葉はないのか。何も 浮かばない。出てくる言葉全てが薄っぺらく偽善に満ちているような気がして。何も言わない土方のその代わりに沖田が淡々と喋る。

「だからもう少し、生きたいと思うんでさァ」
「鳥になりたい、と、思っていられる今が俺の最後の幸せの時だ」
「もうすぐ俺は何も考えられなくなる」
「鳥になりたい、鳥になりたい、鳥になりたい」
「鳥になる自分を思い描いて、想像して、」
「楽しめる。それだけで俺は十分だ」

そう言って目を瞑ってそれからゆっくり、けれどまっすぐに土方を見て沖田が口を開いた。何とも言い難い表情をして。

「ごめんね土方さんつまらない話を聞かせてしまって」
「…べつに」
「やだなァ土方さん…泣かないでくだせぇよ辛気くせェなァ」
「……ないてるのは」

お前だろ


言えずに土方は微笑んでいる沖田の顔に驚くほど不釣合いに流れる涙を舐めた。


END


 

 那に描く 041223