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沖田は土方は自分の事を嫌っているのだと思っていた。 愛想が無いのは誰にでもだったがそれでも近藤や他の門下生達に笑いかける土方を沖田は何度も見た事があった。しかし沖田は一度も笑いかけられた事などなかったのだ。それどころかもう何ヶ月も一緒に暮らしているというのに口をきいた事すら数えるほどしかない。それも話しかけるのはいつも、沖田からだった。しかもそれは私的なものではなく大抵は近藤からの伝言などで土方は聞いてるのか聞いていないのかムスとした顔で話を聞いて話が終わればすぐに何処かへ行ってしまった。 それに気付くとじ、と睨むように見られている事があり沖田はそれに気付く度に嫌な気分になっていた。 しかしその視線が睨んでいるのではない事に、沖田は気付く事になるのだけれども。 「どーしたんだよ、そこ」 「え?」 手を洗っていた沖田は後ろからそう言われてその聞き覚えの無い声に誰だと首を傾げた。手を拭かず後ろを振り向くと土方が、いた。 「……」 キョロキョロと辺りを見回すが誰も、いない。土方が話しかけてきたのか?思って沖田は訝しげに土方を見た。 「……手くらい拭けっつーの」 その声が先ほど聞こえた声と同じで、その言葉が土方の口から出たのを聞いて、やっと沖田は土方に話しかけられたのだと了承した。 何しろ会話をした事が数えるほどしかないのだ。土方の声だって、そうは聞いた事はないし土方が沖田に話しかける事など一度もなかったのだから沖田がそこまで土方に話しかけられた事を疑うのも無理はない。 土方は呆れたようにそう言うと自分が持ってきていた手折るを沖田の方へ放ってくれた。そして自分も沖田の方へと歩み寄る。歩み寄りながら土方がまた、聞いてきた。 「……だから、どうしたんだよその傷」 「え?」 「え?じゃねーよ顔にでけぇ絆創膏貼って」 「…あぁ、ちょっと」 「ちょっと?」 「……」 しつこく聞いてくる土方に何なんだと、沖田は思う。しかし特に隠すような事でもなかったので喧嘩しやして、と続けた。その沖田の答えに土方は訝しそうに沖田を見る。その信じられないとでも言うような顔に沖田は少し機嫌を損ねた。 「怪我させられたのか?お前が?」 「…ちょっと油断してたんでさァ。向こう人数多かったし」 沖田はまだ10を少し過ぎたばかりだったが道場一の腕前だった。それはいくら接触が余りないと言っても同じ道場の門下生の土方はよく知っていたので誰と喧嘩をしたのかは知らないが沖田が怪我をさせられるなんて、と土方は思ったのだ。 「大体なんだよ喧嘩って。ふっかけたのか?ふっかけられたのか?お前の喧嘩買う奴もお前に喧嘩売る奴もそうはいねーだろ」 「……どういう意味ですかィ」 「お前の顔、女みてーだもん」 「…………」 「戦意喪失するよな」 「…………」 何の躊躇いもなくさっくりとそう言った土方に沖田はいよいよ本気で機嫌を悪くし始める。そんな事を言われて不機嫌にならないとでも思っているのだろうか。俺が不機嫌になろうがなるまいが関係ないというのだろうか。そう思って沖田は自分の怒りが膨らむのを感じた。 「土方さんには関係ないでしょう!」 あんまりにも詮索してくる土方が鬱陶しくなってつい声を荒立ててしまう。しかし土方は気にした様子もなくくい、と親指と人差し指で沖田の顎を掴んできた。そして顔を近づけてきて言ったのだ。 「見せてみろよ、傷」 「ちょっ、や!」 自分の傷の方へと伸びてきたもう一方の土方の手を沖田は掴む。触られたくなかった。しかし剣の腕は兎も角純粋に腕力だけなら土方の方が何倍も強い。掴んだ手を振り払われて逆に細い腕を掴まれてしまった。 そうしてから土方はビリッと乱暴に絆創膏をとった。沖田はその乱暴なとり方に突き刺さるような痛みを感じ顔を顰める。 「ちょっとやめてくだせぇよ!まだいてぇんですよ!?」 「なんだよこの手当ての仕方。自分でやったのか?」 傷は、刀傷だった。 スパッと綺麗に切れている傷は深さは3ミリほど。そこそこ、深い。なのに消毒液も塗られた様子もなくただ無造作に絆創膏が貼ってあるだけだった。その上土方がその絆創膏を無理にとったものだから傷口が開いたらしくまた血が流れ始めていた。 「だったらなんだって言うんです」 「こっちこいよ」 「はぁ!?ちょっ、ひじかたさん!」 無愛想にそう言いながら流れてきた血をぐい、と乱暴に拭く沖田を見かねて土方がそう言って手を引っ張った。少し抵抗したが力で敵わない事はさきほどよく分かった沖田はいやいや土方の後をついて行った。 土方が沖田を連れて来たのは道場の中だった。沖田を隅の方に座らせて土方は救急箱をとってきた。どうやら手当てをしてくれるらしく、けれども余計なお世話だと沖田は思う。土方はまだ流れる血を丁寧に拭いてくれてそれから血止めをつけてくれた。しかしそのやり方が物凄く乱暴で、ごしごしと擦るように薬を塗られて、沖田は堪らず叫ぶ。 「いてっ!いてぇよ」 「うるせぇ」 「するならもう少しやさしくできねーんですかィ!?」 「ちゃんと手当てしなかったバツだ」 「…なにそれ」 「ったく、痕残ったらどーすんだよ」 「…どーするって」 別にそんな事気にしやせんよ女じゃあるまいしと続けたら土方の不機嫌そうだった顔がもっと不機嫌そうになって沖田はおかしいと思う。この人は、俺の顔に傷跡が残るのがいやなのか?と。信じられなかったがしかし話の流れからいくとそう言う事になるんではないか、と、沖田は思う。 不機嫌そうな顔になったまま何も言わない土方に沖田も何にも言わず時々消毒液が染みて顔を顰める以外何もしなかった。 「ほら、終わり」 「ありがとう…ごぜぇました…」 暫くすると手当てが終わり沖田は不本意だったがきちんと礼を言った。それが意外だったのか土方は驚いたような顔をししかしそれきり何のリアクションもとる事をしなかった。 黙りこくる土方に沖田は居心地が悪くもう行っていいかなと思い立ち上がろうとしたその一瞬先、土方が言いにくそうに、言ったのだ。 「もう怪我とか、あんまりすんなよ…」 「(…は…?)」 そう、言った土方に沖田は何事だと、なんでお前にそんな事言われないといけないのだと、思って鳥肌が立つ。くらい気持ち悪いと思ったはずなのに鳥肌は立たなくてオエ、と気持ち悪くなる代わりに沖田は自分でも驚いたのだが喜んで、いた。土方に心配されたのを。 「……は、はぁ…」 何て言って良いのか分からず、沖田は少しどもりながらそう言った。また2人を沈黙が包む。沖田がちら、と土方を盗み見てみると土方は苦笑しているような、表情をしていた。その土方の表情を表す上手い表現が沖田には思い浮かばなかったが土方の今の表情は、瞳は、見れば誰もが分かるほど明確に恋の相手を見る瞳だった。しかし沖田は幼くて勿論そんな事分からなくてただ睨んではいないから嫌われてはいないのかなと思う。 何となく立ち去る事もできずしかしかと言って何か話す話題がある訳でもなくただ無言のままで過ぎて行くかと思った時を止めたのは沖田だった。スッと窓の外を近藤が通ったのだ。沖田は立ち上がって軽い足取りで近藤の傍まで近寄っていってしまった。 そして鈴の鳴るような可愛らしい声で言ったのだ。 「近藤さん!」 「おぉ、総悟か」 「おかえりなせぇ」 「おう。良い子にしてたか?」 「うん」 「ん?…どうしたんだ、その傷」」 「喧嘩しやして…でもちゃんと手当てしたから大丈夫でさァ」 そのやり取りを見て自分の時とは違い素直な沖田に土方はなんだよ、と内心不貞腐れる。自分と話していたのに何にも言わずあっさりと近藤の方へと行ったのにも好い気はしなかった。 近藤と沖田は道場の丁度入り口で立ち止まっていて、土方には沖田が近藤の腕に自分の腕を絡めているのも近藤を見る目が先ほどの自分を見る目と違い愛らしい目なのも見えて、面白くない。 「総悟は手当ての仕方雑だからなァ。…俺がし直してやらァ」 「あ、大丈夫でさぁ。土方さんが、やってくれやした」 「おぉ、そうか。トシがか」 そう言って近藤が土方の方へ視線を向ける。 土方と沖田、どちらもこの辺りに名を馳せる剣士の2人が余り仲良く無いのを近藤も知っていてだからと言って無理に仲良くさせようとは思わなかったけれどもしかし気にはなっていたのだろう。自分から接触をした土方を少し嬉しそうに近藤は見た。 そしてちょこん、と沖田も近藤を見ていた可愛らしい目をそのままに視線を土方の方にやってきてその口元がニコと笑ったものだから土方は少し、機嫌が良くなった。 またこれは数日後の、事だった。 「どうしたんだ、その指」 「……」 沖田はまたかと思って土方を見た。頬の怪我の手当てをして貰ってから数日経ったがその間一度も話しかけてくる事なんてなかったくせに。そう思ってしかし沖田は素直に答えた。 「…朝メシ作ってて切りやした」 「あぁあのオッソロシイほど不味いメシお前が作ったん」 「…」 「今度はちゃんと手当てしたんだろうな」 手当てするも何も包丁で少し切っただけの傷を沖田は怪我だとさえも思っていなかった。それでも近藤が心配するので絆創膏だけ貼ったのだ。 沖田は返事をせずに黙る。また手当てをしてくれるのだろうか?そう思い土方を見た。 「しかしいっぱい切ったな…。メシは不味いし怪我するし良い事ねーからお前メシ作るのやめろよ」 「……」 傷つく事を平気でさくさくと言ってのける土方に沖田はむっとする。この人と話していると苛立ってばっかだ、そう思って沖田はふっと土方から視線を逸らした。先ほど少しでも手当てして貰えるかと期待した自分が馬鹿みたいだった。いやあれは期待なんかじゃなかった、と、沖田はそこまで否定した。 しかし土方はそんな沖田の素振りを気にした風もなくすぐ傍まで近寄ってき言った。 「頬の傷はどうなった?」 「……別に。ふつう」 「見せろよ」 「……」 また乱暴にとられたら堪らないと思い沖田はピリリと丁寧に自分からガーゼを外して土方に傷口を見せてやった。触れようと近づいてくる土方の手にまた乱暴にされるのかと思いギュと目を瞑るがしかし沖田の想像に反し傷口を指でなぞる土方のその手が優しくて沖田は不思議な気分になった。気持ち良かったのだ。 「…もういいでしょう」 何度も何度も傷口をなぞる土方の指に沖田は今まで感じた事のない気分や感情を感じて少し荒っぽくそう言った。土方はその言葉に従い触れていた手を下ろす。それに沖田は感じていた気持ちが無くなりホとしたがしかし少し残念と思ったのも確かな事だった。今の沖田は絶対にそれを肯定しないだろうけれど。 しかし次は土方が沖田の白い手をとって、薄ら寒い事を言ったのだ。 「指、ちゃんと薬塗っとけよ。…綺麗な指なんだから」 「……(はぁあ!?)」 寒い。寒い。寒すぎまさァ、ちょっと。 沖田はそう思いけれども自分の中で嬉しがる感情があるのを否定し切れない。綺麗な指、そう、言われた。喜んでいる、自分は、確かに。 沖田はパ、と両手を前に出して広げて見てみる。 綺麗だろうか。 少し心が逸るのを沖田は止められなかった。 しかしそう言ってそのまま去っていく土方の後姿を沖田は何とも言えぬ思いで見た。 それから何度もそんな事が、あった。 そんな事とは即ち怪我をする度土方が声をかけてきて沖田が凍りつきそうなほど寒い台詞を吐いて行くと言う事だ。 途中何度も嫌な事を言われ不機嫌になる事もあったがしかしそんなのどうでも良くなってしまうほど沖田は土方に惹かれていた。怪我をするのが楽しみなほどに、だ。 勿論それは土方の策略だった訳なのだがしかし土方が誤算していた事が一つ、ある。それは沖田がまだ恋愛を恋愛と分かっていないほど幼いと 言う事だ。沖田は土方の思い通り土方に惹かれ始めていたけれどもしかしそれを恋だと言う事に気付いていなかった。 土方に言わせれば完璧に沖田が自分を見る目は自分に恋をしている目なのだけれども沖田はそれに気付いていない。 土方はまたそれを分からせるのに一骨折る事になるのだった。 END |
| 無駄に長くなったっちゃよ 恋の始発駅 050313 |