どうもただよらぬ雰囲気を醸し出してこちらに向かってきていると、沖田も思ってはいたのだ。
パン、と高い音を出して自分の頬が鳴った時に沖田はほらねと思った。ぶったたいた後最低、こんな女のどこが良いのよ自分を指さしてきゃんきゃんと女が甲高い声で叫び始めるのを聞きながら。
私服でこの二枚目と歩いていると時々こういうめに合うからやってられないと、今修羅場のはずなのに涼しい顔をしている土方を横目に見て思う。
女のヒートアップしていく罵詈雑言を耳に入れつつ別れる時はもう少し綺麗に別れれば良いのにともう何度思ったか知れない事を沖田はまた思った。
人の目も気にせず土方の胸倉を掴みかかる勢いで別れたくないという旨を兎に角言う女にけれども土方は一言も喋らなかった。流石にそれは酷いんじゃないかと思うけれども干渉してこれ以上被害を被ったら堪らないと思い黙っておく。街中だというのに必死な女の様子を見てこんなに惚れさせてしまうなんて罪な人だと沖田はどこか冷めたように思った。
暫くして言う事が無くなったのか女が黙った隙をついて土方が漸く口を開く。

「悪いけど、この女に惚れてるから」

そう言ってぐい、と沖田は肩を掴まれ抱き寄せられた。ハァと溜息を吐いてしまいそうになったがそうすると嘘がバレてしまい土方に後で叱られるので(全く理不尽だと沖田は思う)それはどうにか止めて代わりに土方の首に腕を回しごめんね、と嫌味っぽく演技して言う。
女は悔しそうに眉を寄せて一度沖田を強く睨みつけてから去っていった。すれ違う女を見ながら沖田は叩かれたのにも人前で罵声を浴びせられたのにも強く睨まれたのにも関わらず可哀想だと、強く思った。


そのまま歩き出す土方に沖田は声をかける。

「…ちょっと土方さん!」
「あ?」
「なにかいうことはないんですかぃ…」
「別に」
「……」

全く悪びれた様子もない土方に溜息を吐く気も失せた。
きっと綺麗に手形がついているだろう頬はあの女の思いと同じ分、痛んでいた。何で俺があの女の思いを引き受けてやんねぇといけねぇんだ土方てめぇが痛がれ。そう思ってけれども沖田はあながち自分がこの痛みを引き受けるのも間違っている訳ではないと思った。だって。
だって自分は、さっき土方に「この女に惚れてるから」、そう言われて肩を寄せられた時、優越感に浸ってしまった。なのにその想いを秘める事に慣れた頭は溜息すら吐きそうになった。土方の事を想う心を隠す代わりに痛みを与えられたのだと、そう思えば腹も立たない。
けれども顔を上にあげて、自分は全く悪くないとでも言うかのようにさっさと前を歩く土方を見ると和らいだ怒りがまた再び沖田の中に浮上する。

「悪かった、とかさァ、なんで一言いえねぇんですかねぇ…」
「何で俺が謝んねぇといけねーんだよ。俺がぶったわけじゃねぇだろうが」
「あぁもういいでさァアンタは黙っとけィ」

そう言ってヒリヒリと痛む頬を軽く抑えながら全く女は手加減を知らねぇから堪んねぇと呟く。

大丈夫かと、一応形だけでも言っておこうと思ったのだろう全く心配してなさそうに聞く土方に大丈夫か聞きたいのはお前の頭だと沖田は静かに思う。そしてこの痛みを、あの女のフラれた胸の痛みを、1000分の1でも良いからこの男に伝えさせる方法はないのかと頭を捻らせた。


END


 

 手形のい 050823