最近土方の帰りが遅い。

仕事が終わってから、私服で土方は7時を過ぎる頃ふらふらと外に出て行く。帰りは午前になる事も少なくなく寧ろそちらの方が多いじゃないかと沖田はふんでいた。

今日も沖田は布団の中で寝たふりをしながら土方の帰りを待っていた。起きて待っておかえりと言って、そんな可愛らしいことなんてできはしない。ただ沖田は深夜、土方が部屋に帰るため自分の部屋の前を通る足音を聞いてそれから眠りについていた。


沖田は決め付けていた。土方は女と会っているのだろうと。
だって1番初めに遅く帰ってきた時、浮気しているなんて思いもしなかった沖田は健気にも土方が帰ってくるまで起きて待ってて、土方が帰ってきたら抱きついてやったのだ。おせぇよ土方さん、待ってたのなんて可愛らしく言いながら。けれども首筋に赤い口紅の痕がついているのが見えて、ふわ、と白粉の匂いが鼻を掠めたのと同時に密着していた体をガッと勢いよく無理に離されて、見上げて見えた土方の顔はとても気まずそうなものだった。
あ、この時がきたのだと、沖田は思った。
恋人と言える関係になってからどれくらい時間が経ったかなんて数えていないけれど沖田は初めから土方が浮気をする事くらい予測できていたのだ。覚悟も、していた。けれども今とんでもなく胸を痛めている自分がいる事を否定できない。
期待をしなければ傷つかないですむ、それは身をもってよく知っている事で常に期待しないようにしていたしその前に期待するような事なんてなかったけれども土方相手では、違うのだ。
土方の一挙手一投足にどきどきして、土方の言葉一つに浮いたり沈んだりして、本当に自分でも馬鹿みたいだと思う。こんなにも感情を揺り動かされてどうするんだと。今だって99%女と会っているに違いないと思いながら、それ以外考えられないと思いながら、あと1%がそうじゃない何か用事があるんだと1%のくせにやたら大きく主張していた。もう本当に期待なんてしたくないのに、頭が言う事をきかないのだ。
けれども沖田は別に土方に何を言うつもりでもなかった。
浮気してんだろィ、そう言ってそれを認められて、それからどうなるのか、考えるだけで怖くてたまらなかった。


「あ…」

静かな空間の中足音が聞こえ始めて沖田は身を竦ませる。土方さん、と足音をまるで甘い囁きかのようにうっとりと沖田は瞳を閉じて聞いていた。けれどもその足音が自分の部屋の前で消えた。ビクッとする。部屋の障子が、開かれたのだ。

「っ、土方さん…」
「おう、総悟」

起きてたか、そう言う土方が襲う気でいる事が沖田には分かった。声に艶があったのだ。欲情、している。
最低だと沖田は思った。今まできっと女とセックスしていただろうに。物足りなかったのだろうと、沖田は予測する。土方はサディストだから、そこらの女では満足させてやることはできない。だから自分を使って欲を全て発散させる為に来たのだろうと。
土方が何も言わず傍まで寄ってきて、布団をめくってそのまま入ってこようとしたものだから沖田はぐいと布団を自分の方へ引っ張る事でそれを止める。空気が冷えたのが分かった。

「総悟…?」

きゅ、と強く布団を握った手が震えてきたのが分かり沖田はその手を素早く布団に入れて隠す。けれども土方の目にはしっかりと映っていたようでその手首を掴まれた。みっともなくってバツが悪くて瞳を伏せる。

「機嫌、悪ィの?」
「んっ…!」

耳元で囁かれて体がはねた。何日もセックスをしていない体にはそれだけで辛い。けれども沖田は黙ってそっぽを向いていた。構わずに土方が小袖の重なったところに手の平を滑り込ませてきたものだから沖田は感じるのと同時にその手を叩き落してやる。

「久しぶりなのに、冷てぇの」
「……」

拒否されると燃えるタイプなのだろう、土方が自分の膝の上に跨ってきて顔を合わせられた。今、1番見たくない顔を至近距離で無理矢理見せられる。その顔は悔しいくらいに整っていて欲情しているせいかいつもより色っぽくてこの顔知ってる人他にもいるんだって思ったら顔が歪んだ。泣きそうに、なる。総悟?優しく言われてじんわりと涙が滲む。

浮気をしているかどうか追及する気なんてさきほどまでは微塵もなかったのに、こうやって土方に優しくされるとしていない方に懸けたい気持ちが沖田の中にでてきてしまった。1%だって自分で思ってたのに、その1%に懸けたいと、思ってしまった。確かめたくてしょうがなくなってもうだめだ、思って頬を掴む土方の手を振り払って、土方の肩にでこを置いた。そして強く土方の着物を掴みながら、叫んでしまった。

「アンタ浮気してんだろィ!!」

しん、と、大声を出した分後の沈黙が重い。怖くて土方の顔が見れなかった。言った瞬間、沖田は後悔をした。だってやっぱりしていないはずがない。土方が口を開くのが空気で分かってその前に、言った。

「もっ、良いんでさァっ…」

言って、もう何も言わないし聞かないそう思って沖田は土方から離れると土方に掴まる前に急いで布団の中にもぐりこんでしまおうとした。しかしその前にガッシリと肩を掴まれてそれを止められる。ハァ?浮気?言ってる土方の声が聞こえて知らないふりはもう沢山だと、思った。

「コラァ、てめぇ何の話してんだよ!何?ドラマ?再放送のドラマの話か?」
「ばか!」

見当違いな事を真面目にいう土方に腹が立つ。真剣なんだということを思い知らせてやりたくてやけくそだ、思って泣き顔を土方に見せてやった。瞬間土方の瞳が驚きに開かれる。これは、滅多にしない顔だ。ふん、と沖田は鼻を鳴らす。

「ナニ泣イテルンデスカ…」
「…うわき、してるんだろィ…」

もう一度、今度は弱く言う。いやいやいや、土方が凄い勢いで否定してきたが耳に入れないようにした。なんですぐに肯定してくんないの、沖田は思う。期待してしまうではないかと。

「お前何勘違いしてんの?」
「何言ってんでィ!今更…」
「え、何?なんかしたっけ…」
「……」

白々しい、沖田は心の中で思う。けれどもうどうでも良いと思っているはずなのに涙はポタポタと落ち続けていて沖田は悔しかった。ぐい、と涙を拭ってそのまま顔を伏せる。

「口紅のあとつけて、白粉の匂いぷんぷんさせて、抱きついた俺のこと勢いよくぶっとばしたの忘れたんですかィ」
「え、…えー…」

土方は少し考えてけれども思い当たる事がなくて頭を捻った。記憶の糸をゆっくりと辿っていって一つ一つ過去の出来事を思い出していってそういえばそんなような事、あったかもしれないとやっと思いつく。しかしそれは。

「お前それ数ヶ月前の事じゃん!え、しかもぶっとばすって…」

ちょっと話飛躍してんじゃない総悟君、そう続けようとしたけれども顔を伏せて表情を隠している沖田がどんな顔をしているのか怖くて、また泣き顔を見せられたらどうしようと思って、強く言えなかった。

「最近帰ってくんのも遅いし」
「…」
「女と会ってんだろィ」
「ちがうって…」

ぼそぼそといつもより1トーン低い声で話す沖田に土方は別に後ろ暗いことがある訳ではないのに少し焦ってしまう。どうにかして機嫌を直してもらおうと躍起になっている自分がいておかしかったけれども今はそんな自分を笑う余裕さえなかった。

「正直言うと、その1回目は、…女と会ってたよ」

ビクッと沖田の体が揺れたのが土方にも分かり少しバツが悪くなる。やっぱり、沖田が呟くのが聞こえた。

「でもシてねぇぞ!!マジで」

そんな出来事があった事すら忘れてしまっていたのが証拠だと土方は思う。土方には全く(と言えば嘘になるかもとも思うが)後ろめたいことなどなかったのだから。しかし沖田はその一言でプチ、と何かが切れた。

「うそつきー!!」
「え、」
「首に唇あてられてアンタがちんこ挿れずに帰る訳ねぇえだろィ!!土方さんのうそつき!!」
「おまっ、あんま品のないこと言ってっとぶつぞ」
「っ」

怒ってるのはこっちなのに叩くなんて言う土方にもう知らねぇ!言ってまた布団の中にもぐりこもうとするがそれもまた止められる。だからなぁ、聞けよ、土方は言ったけれども。その続きを言うのは気が引けた。あんまりにも、情けないことだったからだ。

「………」

けれどもちら、と沖田の方を窺がうように見ると沖田の大きな瞳がじっと自分を見ていてそのまま誤魔化す事はできないと悟る。

「だからーー…」

それでもまだ言いよどんでいたがこの間が耐え切れなくなったのだろう眉を寄せる沖田の顔が目に入って土方は心の中でハァアと深い溜息を吐き覚悟を決めた。今度は土方の方が瞳を少し伏せる。

「……勃たなかったんだって」
「え…」

聞こえた言葉が信じられなくて沖田は眉を寄せた。え?もう一度言って土方の方を見る。土方の顔にほんのり赤みがさしていてえ、と、沖田はもう一度思った。

「おめぇ以外の奴に勃たねぇの」

何度も言わせんなと、もう割り切ったのか次は頬を赤くさせる事もなく土方が言った。最近夜遅くまで帰ってきてねぇのは仕事だよ仕事、嘘だと思うなら近藤さんに聞いてみろ投げやりにそう続けると今度はジロ、と沖田を睨むように見てやる。

「っつーかさ」
「…?」
「おめぇ数ヶ月間ずーーっと俺が浮気してると思ってたわけ?」
「…っ、」
「…すっげぇ腹立つ」
「……」
「なんか言え、コラ」

沖田は黙った。
たった1回の事で怖くなって土方を信じれなくてちゃんと確かめもせずに勝手に浮気をしていたと思い込んでいた自分を、もういい、すぐにそう言って諦めて現実を見ようとしなかった自分を、沖田は馬鹿だと思った。
またじわりと涙が滲んでくる。

「げっ」

今度は、情けない自分への自己嫌悪の涙だったのだけれども土方は自分のせいだと思ったのだろう、もう泣くなってと先ほどまでの不機嫌な態度を変え優しく言った。指で頬を撫でるように涙を拭いてくれる土方に、思いが昂ぶって沖田はぎゅうと抱きつく。そして小さな声でごめんなさいと、謝った。ふ、と土方が笑ったのが分かる。

そして沖田は今度から土方の事をしっかり信じようと思った。染み付いてしまっている習性を変えるのは簡単な事ではないだろうけれども全てを期待せず信じず自分の心を傷つかせないようにするより期待して裏切られた方がましだと、思ったから。裏切られるより信じれずにいた事の方がよっぽど心が痛かったから。
ごめんなさいとありがとうを土方に対して沖田はいっぱいっぱい思った。


END
沖田がめめしくていやん 

 ロゴスにって 051019