鏡を見ながら沖田は顔を顰めさせていた。普段あまり鏡を見ないため見慣れていなかったからだ。やっぱりこんなの変だ。やっぱりこんなの汚らわしいんだ。思って沖田はそばに置いていた墨汁を手に取る。

「何やってんだ総悟!」

けれども急に後ろから大きな声を出されたものだから沖田は小さなからだをびくりとはねさせた。するりと墨汁を落としてしまって黒の液体が畳に吸い込まれていく。あ、と、沖田は思ってすぐにその畳をどうにかしようと思ったのだけれどどすどすと土方が近づいてきて土方がとても怒っているのが分かって身を竦ませた。

「何してたんだ、お前は」
「…なんにも」

沖田は畳のしみを見ながらけれどもさきほどとは違ってもうそのしみをどうしようとかいうのは考えていなかった。ただ土方に見られてしまったことをとても残念に思っていた。あと、少しだったのに。

「嘘付け!それ、髪につけようとしてただろーが!」
「…!」

沖田は大きく瞳を見開いた。怒鳴られたことでびっくりしたからではない。自分がしようとした事を見破られていたのに沖田の心臓はどくりとはねたのだ。
沖田は誰にも内緒でやりたかったのだ。誰にも見られずに、誰にも墨汁で染めたなんて思わせずに髪の色を変えて、総悟の髪はきれいな色だななんて言われるのを沖田はとても楽しみにしていた。なのに。

「ばかなことするんじゃねぇ」

そう言って土方は沖田の手から墨汁をとりあげた。あっ、と、沖田が叫んでそれをとりもどそうと手を伸ばしたけれど土方はもっと遠く、沖田の届かないところまでそれを高く上げてしまう。それに沖田の顔がくしゃりと歪むのが見えて土方は眉を寄せた。

「泣くようなことじゃないだろ?」
「だって」

そんなに大事なものだったのかと墨汁を見る土方に沖田が小さい声で言う。

「へんだっていうもん」

沖田は言った瞬間涙がぶわとこみあげてきてそれを零さないように必死で目を大きく開かせた。瞬きをしないよう一生懸命堪える。けれど土方は沖田のその言葉に瞳をスッと鋭く細くさせた。

「だれが?」
「………みんな」
「みんなって、誰だ」
「みんなはみんなでィ!おれのかみ見たひと全員でさァ!」

言って顔をあげて沖田は土方と瞳を合わせてあれと思う。土方は怒っていて自分を厳しく見下ろしているだろうと沖田は思っていたのだけれど違った。土方は沖田を見据えていたけれどそれはしかりつけるような、責めるような諌めるようなそんなまなざしではなかった。沖田の昂ぶっていた感情が小さくなっていく。土方のその瞳に見つめられるとおだやかなやさしい気持ちになれた。

「俺はお前の髪の色が好きだ」
「っ…」

迷いも照れも嫌味も媚もそんな嫌らしいもの何一つ含まれていない土方の言葉に沖田の心が揺れた。沖田はとても敏感な子だったから嘘を吐かれるとすぐに分かる。特にお世辞や心にもないような事を言われるとすぐに見抜いてしまえれる。だからそれが土方の真意だということが沖田にはとてもよく分かった。

「お前は自分でも変だって思うのか?」
「…」

責めるようにではなく土方に聞かれて沖田は黙る。怒鳴られるとカッとなって反抗の意識が湧いてしまうものだけれどなだめるように聞かれて沖田は何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。変だと思うと言ったらすごく怒られそうな気がして沖田は口を噤む。

「近藤さんが変だって言ったか?」
「…」
「道場の人間の誰か1人でも、変だって言うやついるか?」
「…」

どちらの問いにも沖田は大きく首を横に振った。金色の髪がふわりと舞って日に透けてとても美しく見えて土方はその髪に触れようと思ったのに一瞬それが躊躇われた。
綺麗な、愛しい髪。どんな賛辞の言葉も安っぽく思えてしまうような、土方にとっては何よりも大事で大切な髪。土方は沖田のこの髪が大好きだった。さらさらの手触りもくっついていられるのが不思議なほどの細さもミルクティーにはちみつを混ぜたような色だってもちろん。
だから沖田にも好きになってほしかった。
だけど沖田は自分の髪の色にとてもコンプレックスを持っていて好きになるなんてとんでもない話で無理やり好きになってもらおうなんてことは思っていなかったけれどそんなにも、黒に上塗りしようとするほど、毛嫌いをする沖田が土方は何故だかつらくてやるせなかった。

躊躇った手を土方は髪に触れさせて何度も何度もいつくしむように撫でる。

「お前の髪馬鹿にする奴と、近藤さんと道場のみんなと俺と、どっち信じるんだ?」
「ひじかたさんとこんどうさんと、みんな…」
「いいこだ」

そう言ってまた何度も頭を撫でてやるけれど沖田は悲しそうな表情をして墨汁を見ていて、やはり黒に強く焦がれているのだと土方は思う。昔からその髪の色のせいでいらぬ苦労、辛い思いをしてきているのだから当然なのかもしれない。そんな沖田を見ていられなくて土方は一つ嘘を教えてしまった。

「本当はな、皆お前の髪がうらやましいんだ。」
「うらやましい?」
「みんなこの色になりたくてしょーがなくてお前に意地悪言うんだ」
「…土方さんも?土方さんも、うらやましいの?」

沖田は言われた言葉が嘘かどうかすぐに分かる子だった。
いや沖田がそういう体質でなくてもその言葉だけは嘘であることがすぐに分かっただろうと思う。自分の髪を変だと言う人に、そう言った言葉に、羨ましさなんて微塵も感じなかった。ただただ軽蔑と憎しみと侮蔑とが入り混じった沖田を辛い思いにさせるものしか感じなかった。
しかし土方のそのあまりに見え透いた嘘に沖田は不思議といやな感じを受けなかった。沖田は嘘ほど嫌いなものはなかったけれどそんな嘘を吐く土方に愛しさまで感じた。

「あぁ、うらやましくてしょうがねぇよ」

そしてその言葉も、本当か嘘かすぐに分かって沖田は小さく微笑む。
土方が好きといってくれるのなら他の誰に変だといわれようと価値があるのかもしれないと、思って。


END

 

  のまなざし 051112