別に立ち聞きをしようなんて思ったわけじゃもちろんない。そこにいたら会話が耳に入ってきてしまったのだなんて言ったらどうにも言い訳しているように聞こえるけれど沖田がその会話を聞いてしまったのは本当に偶然だった。

今日の沖田隊長、すごかったな
正直引いた
あぁはなりたくねぇよ
人殺して何にも感じなくなったら終わりだよな

言葉が耳に届いて鼓膜を震わせて沖田はほんの少し瞳を細くした。

なにもかんじなくなったら おわり

やけにその言葉が耳について沖田はふるふると小さく頭を横にふる。そしてそこを立ち去ろうとしたのだけど自分が動く前にじゃりと砂が鳴って地面を見ていた沖田の瞳に影がうつった。沖田は下を向いたまま本当に、本当にほんの僅かにだけ、眉を寄せて、自嘲気味に口の端をつりあげて、儚い笑みを作る。

「おれみたいに、なりたくないって」



今の沖田しか知らない人は知りはしないけれど沖田は他のどの人間よりもずっとずっと繊細な心を持って生まれついていた。小さいころ花のくきが折れただけで小さな胸をとても痛めることをしていたし道場の庭にいついていた虫が死んだだけで大きな瞳を真っ赤にさせるほど泣いたし飼っていたねこが死んだ時なんてもう動かないねこを抱いたまま沖田は静かに何日も泣き続けた。
そして初めて人を斬った時、初めて人の肉を斬った時、人の息の根を止めた時、この世界とは違う世界へ追いやった時、沖田は、何も感じないようにしていた。考えることを停止させていた。自分が人を殺したことを脳にまで伝えさせないでおこうと必死だった。それを自分が認識した時、にんげんを殺したのを理解した時、きっと自分はひどく気が触れてしまうだろうと予測して。胸がねじれるように痛むだろうそれが怖くて。
そしてそれからはそれをする事が好きなんだと、思い込むようにしていた。
初めは辛いけど、辛くて辛くてたまらないけれど、きっといつか本当に何も感じれなくなれる。沖田はそう信じて人を斬り続けてきた。数にしてみればもう何百人という数を。一言で何百と、全く驚くほど簡単に言えてしまうけれど沖田はその何百という数の人間を、1人1人確かに斬ってきたのだ。

何も感じなくなったらおわり?

ふ、と、沖田は笑う。
人を殺したことに何かを感じて、それでも生きていられる方が沖田には信じられなかった。自分が人を殺したことを甘んじて、受け入れて、それでもその前と何ら変わりなく生きていられる方が沖田には終わりだと感じられた。

でも本当は。沖田は思う。

「(本当はどっちも同じくらいきたない)」

人を殺している人間に、殺したときどう感じても何も感じていなくても苦しんでても楽しんでても、何ら変わりない。人を殺しているということは何も変わらない。その事についてどう思っていようと人を殺していながら自分は生きている以上、罵りあう権利なんてない。



おれみたいに、なりたくないって、

そう言われて、ほんの僅かにだけ歪められた顔に気付いていながら土方は何も言わなかった。沖田が何を言って欲しい訳ではないことも沖田が救われる言葉なんてこの世にありはしないことも知っていたからだ。
土方は沖田にいつだって何も言いはしなかったけれどただ沖田の心が変われることをもう何年も前から祈っていた。
もっと図太くなればいい。もっと穢れてしまえばいい。人を殺すことへの心の中の呵責が一切なくなればいい。
土方は沖田がもっと早く人を殺すのに慣れると思っていた。
沖田の純粋さは知っていたけれども人間が悪に染まる早さも土方は幼いうちから知っていた。初めは辛いだろうけれども自分の中で本当に人を殺すのに耐えられなくなった時、人間はそれを正当化することができる生き物だ。自分は正しい、人を殺すことは正しい、沖田がそう思えれるのを土方はずっと待っていた。しかし沖田はもう何年経った今でもそれをする事をしない。辛いだろうに、自分を正当化させることを沖田はしなかった。

土方は沖田が花が散るのを見て眉を寄せるのを知っていた、夏になると鳴く蝉の声が聞こえなくなる度にひとり隠れて泣いていたのを知っていた、地面に転がるように死んでいる誰もが見もせず通り過ぎて行く蝶々や蜂やその他の昆虫をじぃと見ておわかれの言葉を言っているのを知っていた。
沖田は昔と何ら変わっていない。人間とは思えないほど繊細で美しいこころを持ったまま生きている。そしてそのこころで人を殺したことを受け止めている。
あんまりだと、土方は思う。
あんまり沖田が可哀想じゃないかと。

あぁ早く、早く沖田の心が汚れればいいと土方は思う。そのためなら何でもしてやれるのにと。けれど何でもしてやれると思っているのに何にもできない自分が土方は苛立たしくてしょうがなかった。


END

 

  リーガル 051116